@article{oai:kitakyu.repo.nii.ac.jp:00000191, author = {山本, 進}, issue = {129}, journal = {北九州市立大学外国語学部紀要, Bulletin, Faculty of Foreign Studies, the University of Kitakyushu}, month = {Nov}, note = {40018889379, 貨幣経済の展開が遅れた朝鮮でも17世紀後期頃より商品経済が発展し、市場では常に貨幣が不足していた。だが政府は銭を商品市場に流れる血液とは見なさず、むしろ兵餉の一部と捉えていた。また軍営を中心とした銭流通が図られた平安道でも、17世紀末には銭の追加投入が中止されたため、富戸による江辺―内地間の穀物価格差と還穀制度を悪用した利鞘稼ぎが横行した。英祖初期に貨幣廃止が企図され、鴨緑江辺に流通していた銭を強制的に回収して平安道の監営・兵営に備蓄させると、この弊害は更に悪化した。一方漢城の銭荒が深刻の度合いを増すと、廷臣らは平安道軍営の備蓄銭を流用せよと唱え出した。しかし平安道の銅銭は彼らが考えるほど充溢しておらず、やがて英祖も銅銭鋳造を余儀なくされるが、南送された銭も漢城の市場経済を潤したとは言い切れず、高級官僚や王族層の高利貸しに転用された可能性が否定できない。結局銭貴の弊害は漢城朝廷→平安道軍営→江辺という形で周縁部に転嫁されたのである。}, pages = {1--25}, title = {朝鮮王朝後期の貨幣政策と鴨緑江辺経済}, year = {2010} }